雄勝でふたたび泉谷さんと中村耕一が歌いました

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 11月 27th, 2013

津波で300人以上が亡くなり役場も病院も学校も流された街
人々はいなくなり、この日の復興祭も「誰も来ないかも・・」と
みなさんが呟きました
「耕一さん・泉谷さん来てくれますか・・」と雄勝の方からの連絡が入り
二人は歌いました

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当日は、たくさんの人々が元役場前に集まり久しぶりの再会に
たくさんの感動の場面があったそうです。
中村耕一はソロと地元石巻のオヤジバンドのセッションと
泉谷さんと春夏秋冬など二人で歌いました
この日、矢野きよ実の書VOL9での売り上げを中村耕一が届けました

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硯協会理事長の澤村さん・鈴鹿墨伝統工芸士の伊藤亀堂さん
この優しいご縁に一生の感謝です。

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震災直後、日本赤十字の視察団と雄勝の地に立っていました。

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歌を辞めると決めていた中村に「私たちも頑張るからあなたも頑張りなさい」と
もう一度「歌いたい」と決めた瞬間のあの日は、
雄勝のみなさんの避難所だったのです。
その避難所が初めて歌った場所です

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そして、100ヶ日法要の時も
「名古屋から600人分の炊き出しをお願いします」と
仰せつかり、更には泉谷さんが「矢野俺もいくぞ」と法要に間に合い
「雄勝で初めて人がきて歌ってくれた・・・」雄勝の人々は呟きました

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「泉谷さんと中村の春夏秋冬」を演奏しました
みなさん、涙がいっぱい溢れました。泉谷さんも泣きました

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そんなご縁のある雄勝です。硯協会の澤村会長は
耕一さんの2月15日の復活コンサートに
わざわざ名古屋まで来てくださいました
何より耕一さんは驚き涙ぐんでしました
「俺の先祖がお世話になったのかなぁ・・恩返しに来てるのかなぁ・・」
と言っています
雄勝の太鼓は津波で流されました
タイヤにビニールを貼って祭りを行う姿を見て
矢野きよ実の書と泉谷さんと浦沢直樹さんの絵をチャリティ販売し
8台の和太鼓を贈呈できました
雄勝で動きつながっています。今もこれからも・・・

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