中日新聞にも掲載していただきました。

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 4月 15th, 2022

中日新聞に掲載していただきました!ありがたいです。
毎週末は東京帝国ホテルと六本木ミッドタウンという
なんだか高級な場所に行ってます(笑)
そうすると「昔名古屋にいたんです」とか
「こちらにお嫁に来ています」と……「懐かしいです」と涙されてね
私なんかで名古屋を感じてもらえる幸せ、ありがたいです。

東京怖いトラウマから少しずつ慣れてきて(笑)

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先週の3日間も
加藤登紀子さんは1時間半くらいいてくれださって
ウクライナ、チェルノブイリの話をしてくれました。
「声をあげて泣いていいですか」という曲の録音をしてるのよ!
届いたら番組でかけますね。
子どもバンドうじきさん、40年仲良し!
さらにイングリモングリの永島35年の仲良し、
5時SATの時いつも家に泊まってた弟のようにね、元気ですよー!
そして三宅伸治さん伸ちゃん
もう泣きそうというか何度も泣きました。
来てもらったり訪ねていったり
繋がりは深くなる
何十年も逢えてなくてもその日に戻りまたはじまる。
逢える嬉しさは縁はいいですね。
“みんなー、繋がった人とは大切にね”
って毎日息子にも言ってます(笑)

仕事や生活が変わって
一年逢えなくて2年逢えなくて10年も逢えなくても…
ふと思い出した時
振り返る余裕ができた時
綺麗な夕焼け見れた時
瞬間に誰を思うか
そこに思い出す人、出てきた人と
私たちは繋がっているのですね。

きっとその瞬間に相手も思っている!
大阪のある大きなTV局のいちばーん偉くなっちゃった人が
私の留守に帝国ホテルに来て
書を見てくれていました
名だたる人を育てた方で……
ええ言葉書いとるなぁー
元気やったか
30年前サザエさんの後のゴールデンタイムに
旅の番組で私を使ってくれてねナレーションは浜村淳さん
ロケに行って
この景色はどう思う?
この道の向こうは何が通ると美しい?
最後の感想コメントテイク何十回やったんですが
結局使ってもらえなかった…
その時のボキャブラリーのなさと自分の表現の弱さに
震えるほどの反省と恥ずかしさがありました。

全てが今生きるために
もらった力です。

こんなことも思い出して東京に在廊しています。