生きてけれ……

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 5月 11th, 2021

「生きてけれ あの日なければ 春の波」
3月11日震災から10年…
中日新聞に掲載された俳句です。
玄玄書作院会員展にも展示されました。
コロナ禍で是非にとは言えなくて残念です…(涙)

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清原彩紅先生の遺墨展

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 5月 11th, 2021

女流作家の清原彩紅先生の遺墨展

私の無敵の書を最初に褒めてくれた方なんです!

私の無敵の書は
数十年も前にグループ展に出展したのですが、その時に、
この無敵の書、誰の?
きよ実ちゃん!
素晴らしい、これはいいー
すごいの書いたね
私の師匠と二人でずっと嬉しそうに
眺めてくれていた後ろ姿が嬉しくて。褒めていただいたこと、
ずっと忘れません。
尊敬する大好きな人に褒められ
それが勇気と力と前に進むことになりました。

清原先生の遺墨展は
先生の50年以上前からの作品が展示されました。

 


私はこの作品が大好きです。
「われ 一人」

その中に
軸に書かれた戒名がありました
先生はご自分の戒名を自分で書いて行ったのです。
そんな人見たことがない……

そしてその横には
亡くなる1週間前までホスピスで
書かれた書がありました。
・・・
そして最も私がたまらなく感動した作品は、
なりゆきにまかせていきる
あるがままに生きる
家族、
前進、前進、前向き
いっぽ前へいっぽまえへ一歩前へ

今、私たちがやらなければいけないこと
実際に動けなくとも
この言葉を忘れないように
少なくとも前に行くことができるようにならなければと……

上出来ムービーでも紹介させていただきました。

上出来ムービーは >> コチラ から

 

 

武儀西小学校閉校式

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 5月 10th, 2021

3月27日…
忘れられない大切な日…
岐阜県関市の武儀西小学校が
148年の歴史に幕を下ろしました

私たちの身近にある
あたりまえに子どもたちが通う小学校が自分の地域からなくなってしまう
明治6年から148年間
子どもたちが通った学校が
27日閉校式を迎えました。
関市立武儀西小学校
55人の生徒のみんなが学校とお別れをしました。

この地域は一昨年西日本豪雨で津保川が氾濫して多くの被害が出ました。
昨年の10月に心の裡をみんなで書で書く私の授業で
一年生から6年生55人1時間目から6時間目で書いた書は1800枚。

可愛い1.2年生
全員書道は初めて!
かわいかったぁー

学校とさよならするけどありがとう
雨がふる雨がやむ
武儀西小ありがとう
さようなら
だいすきとありがとうはいっぱい!
1.2年生600枚超えました

3.4時間目は3.4年生
みんながいるからここにいる
かならず会えるとしんじたらくる
たからものはかならず守る
強い弱いはかんけいない
病気なんてふっとばせ
ないてもいい
命は一番の宝物
あきらめるな
こわくない
ありは小さいけどやればなんでもできる

700枚超えました

5.6時間目は高学年の5.6年生
明日が待っている
ぜったい負けない
挑戦しないと変わらない
生きなきゃ意味なし
生きる道
ここにいる大切な学校
いつまでもいっしょに
大切なのはただひとつ
みんな大好き

どんどん子どもたちの心から出てくる言葉みんなの心から
自然に出てきた1800枚。

4月から
武儀東と武儀西小学校が一つになって武儀小学校
55人はバスで10分ほどの学校へ
向かうことになります。

3月27日の閉校式で私も30分話させていただきました。
子どもたちの美しい眼差しを見ながら、私が思ったことは
子どもたちは納得をして
きちんと学校とお別れができているということでした。
どんなお別れも時間が必要です。
人とも動物とも家でも車でも物でも
そこにいた一緒にいた時間と気持ちがあるから
淋しく切ないものです。

できればどんなお別れもない方がいいです。

でも、武儀西小学校の
子どもたちはたくさんの時間をかけて、
学校に溢れんばかりのありがとうを伝えることができていました。

子どもたちは前に向かっていました。
新しい友だちが増えること
新しい生活、前に向かっていました。

きちんとお別れをしていくことは
こんなにも美しく清々しい物なんだと。
ゆっくりたっぷり時間をかけて大切にお別れをさせてくれた先生たちと
地域のみなさんは素晴らしいです。

体育館を入っていくとね
子どもたち一人一人の笑顔の写真と
メッセージが貼ってあって
そして壁いっぱいに
なんと!先生たちへのお礼のメッセージ、
そして地域の方たちへのメッセージ。
学校に遅れた時も優しい声をかけてくれたとか、
困った時に手を差し伸べてくれた優しさへの
子どもたちからのありがとうありがとうがメッセージがいっぱいでね、
泣けたー

記念バルーンリリースには
「ずっと一緒ずっとずっと繋がっているからねー」と書いて飛ばしました。
武儀小学校に、約束したから逢いにいくからねー
新しいお友だちみんなによろしくねー

※「JYOUDEKI MOVIE」フェイスブックは >> コチラ から

 

 

さくら学園スペシャルBOOK

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 5月 8th, 2021

さくら学院のスペシャルBOOKに
私も語らせていただきました!
🌸私は2012年〜書の先生で公開授業をしています!
可愛い生徒の中にはBABYMETALの3人やモデル、
女優になったみんながいま〜す。感動です。
さくら学院10Anniversary「Thank you…」
2010年4月の開校から10周年を迎えたさくら学院の10周年記念BOOKが
発売されました!

この10周年記念BOOKは、2020年度メンバー8人の
撮り下ろしPHOTOやインタビュー、
初代2011年度卒業生の武藤彩未さん、三吉彩花さん、松井愛莉さんから、
昨年度卒業した藤平華乃さん、吉田爽葉香さん、
有友緒心さん、森萌々穂さんまでの
総勢28名による全卒業生からのコメント、
さくら学院校長 倉本美津留さん、さくら学院担任 森ハヤシさん
さくら学院の10年を支えたキーパーソン(ここに私も)16名による
キーパーソンインタビューなど、
さくら学院の魅力と10年の歴史を語り尽くす内容となっています。
是非、チェックしてみてください。

🌸私が出逢ったさくら学院のみなさんは、
あまりにも早いスピードで心の裡に秘めた叫びを書き出しました。
小さな紙にも大きな紙にも想いをぶつける姿は美しかったー。
言葉は生きてきた年数ではなく経験から生まれます。
いっぱい見てきていっぱい笑っていっぱい泣いてきたんだなぁ〜と…
毎日、一生懸命ちゃんと自分の心と向き合っているんだな〜って…
不覚にも授業中に泣きそうになりました(笑)
相当な枚数を書いていく中、
最後は日頃抱いているメンバーへの感謝の気持ちが多かったですね。
希望になりたい・みんなを笑顔にさせたい・
この人生がなかったらさくら学院に出逢えなかった・
神様は乗り越えない壁はあたえない・ありがとう・思い出いっぱい・
泣かない… ・もっと一緒にいたい卒業してほしくない・
史上最高のありがとう…

みんなの美しい心の音は、今もずっと響いています。ありがとうー

🌸さくら学院開校10周年おめでとうございます。
“顔笑れーー!!”
また一緒に書を書こうね〜
森ハヤシ先生いじろうね〜

 

 

本巣の淡墨桜

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 4月 24th, 2021

マブーチが地元本巣の淡墨桜への桜旅に連れて行ってくれました。
初めてみる満開の淡墨桜は
神々しく、凄い力を感じました。

日の沈む前は、ほぼ独り占めでした。
車中からの桜も美しかった〜

 

 

「今知りたい!矢野きよ実が聞くコロナワクチンの効果と変異株について」

Posted in Information by mabuuchi on 4月 23rd, 2021

名古屋大学名誉教授・名古屋小児がん基金知事長の小島勢二先生と
名古屋小児がん基金の立ち上げからボランティアとしてお手伝いし、
名古屋小児がん基金特別顧問の矢野きよ実が
新型コロナウィルスのワクチンと変異株について
分かりやすく解説する動画がYouTubeにあがりました。

ぜひご覧下さい。

「今知りたい!矢野きよ実が聞くコロナワクチンの効果と変異株について」
YouTube動画は >> コチラ から

 

 

奇跡の一本松後継樹が名古屋に!

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 3月 25th, 2021

3月23日
陸前高田市奇跡の一本松後継樹記念植樹式典が行われました

そうです陸前高田のみんなの希望のシンボル一本松の後継樹が
東山動植物園に植樹されたんです

一本松は平成24年に枯死が確認されて、でもね奇跡の一本松の、
子孫を後世に遺そうと一本松の上部から採取した枝を接木(つぎき)によって
後継樹を育てたの
それがここに植樹されたんですねー
すごいね、陸前高田は
白砂青松として名高かった高田松原の7万本の松が津波で流されました
でもその中で唯に一耐えた頑張った
松が奇跡の一本松です
私も2011年から陸前高田に書の授業に行っていますが
子どもたちはみんなみんな
一本松とかきます。
一本松が頑張ったから自分も頑張る
勇気をもらった、すごいんだと
子どもたちや市民のみなさんだけでなく国内外、
みんなが復興のシンボルとしてしたしんできましたね。

そしてね、
一本松後継樹記念プレートと
記念オブジェの除幕も行われました。
本物の20分の1のモニュメント
プレートはARの技術を用いて
27メートルある奇跡の一本松を体感できる仕掛けがあります!
そしてプレートには名古屋市と陸前高田市が
友好都市協定を結んで交流を深めてきたことも書かれています
この場所を今後陸前高田へ想いを馳せていただく場所
“きずなの広場”として活用していくとのことです。

そしてー
名古屋市は3月23日を
絆の日と定めました
これからも交流を深める事業や
震災の記憶を語り継ぐ事業などを
行っていきたい!ずっと繋がっていきたいとね。
そしてこの広場も”きずなの広場”という名前がつきました。
ここにきて陸前高田に想いを馳せてください。
私も一人でもみんなでも
また、いつか陸前高田で出逢ったみなさんと来たいです

 

 

2011年3月11日

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 3月 18th, 2021

一昨日から手紙やメッセージが届きます。岩手、宮城、福島……
震災直後に初めて逢ったラジオ石巻の武山ちゃん、陸前高田の校長先生、
陸前高田の子どもたち、お母さん方、硯の町雄勝のみなさん…
福島、宮城、岩手10年間で出逢った方々の顔が浮かばなかった日は
一日もなかった。
昨日、被災地を離れ神奈川県で暮らしている武山ちゃんは
「あの日、あの時に起こったことを
すっかり忘れたような身振りでいることが
自分の心を守っていくために必要でした。」と話してくれました。
2011年4月11日に300人の方が亡くなった石巻市雄勝の遺体捜査をしている中に
土台だけになった自分の家の前にポツンと立っている武山ちゃんと逢った。
「何も無くなっちゃった…」
そこは日本の硯シェア90%硯の町でそこで武山ちゃんと
硯を見つけて役場に走った。
それから文科省、教育委員会から子どもたちの心のケアの要請を受けて
授業がはじまることになった。
陸前高田の子どもたちの叫び、
福島の子どもたちの叫び
宮城の山元町の子どもたちの叫び
そして先生方、大人のみなさんからの涙の叫び……
何万枚の叫びを聞き預かりました。
まいにち手を合わせ
「どうかみなさんが今日も一日いい日でありますように…」
自分に大きな力があったらな…
無力な自分にいつも思うことでした。
3年経った時、私が肺腺癌になり
被災地の子どもたちやみなさんにも伝わってしまい…
たくさんの無敵の書と手紙が届きました。
母ちゃん父ちゃん家族を亡くした子どもたちがリンゴ農園に行って
不揃いのリンゴを送ってくれて
「先生、生きてけれ、死なんでけれ陸前高田のりんご食べて生きてけれ…
もう一度来てけれ」
死ぬわけにはいかない……
たくさんの大切な人の死を見てきた子どもたちは、
もう誰も死んでほしくない…と呟きます。

震災直後、日本赤十字愛知県支部から報道の代表で
被災地に入ってくださいと言われたあの日、
お医者さま、看護師さん薬剤師さんと宮城県石巻市に向かって
通信車で出発した。
報道は点に過ぎない・・・
ただ、神はいるのだろうか・・・と心から思った。
道一本を隔てて、あまりにも変わるその状況
一瞬の判断がこれほどまでに人の生き死を変えるのか・・・と怖くて震えた。

10年間に出逢った人はたくさんで
一日一日、一瞬一瞬に涙と奇蹟が訪れます。

一人一人に起きた震災は
一人一人の人生を変えた

出逢うことができ
話した子どもたちや
一人一人のみなさんの叫びを今日はつボイさんと伝えます。
想えば繋がる動けば繋がる
生きることがどれだけ尊いことかを教えてもらった子どもたちの想いを胸に…
どうかどうか今日もいい日になりますように……

 

 

中日新聞掲載 震災の俳句を…

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 3月 16th, 2021

「生きてけれ あの日なければ 春の波」
2021.3.11中日新聞

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震災から10年の大切な日に…

Posted in Diary,Information by yano kiyomi on 3月 16th, 2021

大切な日に東北のみなさんと繋がる役割を与えていただけたことに
心から感謝です。
「つボイノリオと矢野きよ実と考える
東日本大震災から10年 南海トラフへの備え」
大好きなリスペクトのつボイさんと
一生懸命お伝えしました。

中日新聞の記者のみなさん・カメラマン・
被災地から体験を伝えてくれた当時8歳だったほのかさん・
減災を研究し伝える先生方・論説委員の飯尾歩さん…
そして聞いてくださったリスナーのみなさんからのメッセージ…
大きな想いが配信されました。

東北のみなさ〜ん
離れているけど、まいにち想っています。ずっとずっと繋がっています!

中日新聞公式YouTubeにてアーカイブお聴きいただけます。

中日新聞WEB、中日新聞公式YouTube、公式Twitterでインターネット音声生配信
https://www.chunichi.co.jp/k/wasurenai311
緒方さん、正史さん、やっちゃん、友美ちゃん……ありがとうございます。